津田英語塾

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英語は「世界」へ開く扉

─英語教育を通じ学生達を少しでも新しい大きな世界に導入したい─

 かつて幼児をカナダの友人に預けたことがある。ほどなく現地の子供に交じって遊び始めた。何日目だったか、彼は言った。「頭の中にあの子に言いたいことがいっぱいあるのに!」それを伝えられないことが悔しいらしい。English speaking peopleを前にして、彼同様、砂を噛むような思いをした経験を誰もが持っていることだろう。今までになくとも、将来必ずその時が来る筈である。その時多くの人に砂を噛む思いではなく、「やった!通じた!」という快感を持ってもらいたい。それが私の願いである。「相手のことがわかる」そして「自分をわかってもらう」というのは人生の最大の喜びではないだろうか。
海外を旅する時、未知の言語を話す人々の中にいてcommunicationの無いことをどれほど辛く思うことか。否、それ無しでは生きていくことすらむずかしい場合さえある。逆にcommunicationが出来れば、素晴らしい出会いと交流が待っているのである。言語はそれを可能にするのである。

英語を学んで自分の世界を広げてゆく。

「英会話」を超えて

─真の語学力のために─

 最近では「会話重視」の旗印のもと「文法はいらない」「単語は日常会話程度で十分」とする向きもあるようだが、とんでもない話である。学問やビジネスの世界で将来英語を使うつもりならば「キチンとした英語」であることが不可欠である。そのためには文法はやはり疎かにすることは出来ない。ここに二つの例がある。
故阪大学長釜洞先生が微生物研究所所長をなさっていた頃、私は研究室にお招きをうけて一緒に英語を学んでいた。先生が度々海外へ出られると決って辞書をお土産に頂き、ご忠告を頂いた。「決してベラベラ意味のないことをbroken Englishで喋ってはいけない。あなたの品格まで疑われるよ。ゆっくりでも良い。キチンとした言葉を話しなさい」と。至言であると思う。
或は、父親の仕事の都合で高校一年生の時渡米したある学生がくれたハガキに、こう書いてあった。「ありがとう。弟は子供だから自然に英語を覚えてしまい、すばやく話すようになってうらやましかった。けれど私は大学に入ってからもessay、paper、そしてdissertationすらこなせる力を持っています。先生に基礎文法を叩き込まれたお蔭です」と。
基礎文法や単語こそ、論理的思考力の強い日本人が日本で学べる大切なことだと私は信じている。基礎文法や単語を固めた上で、速く読むこと・書くことを繰り返せば、読む力は聴く力に、書く力は話す力にそれぞれつながってゆく。「英会話」で終わらない複雑な学問的・ビジネス的communicationにつながってゆくのだ。

基礎文法・単語は徹底的にやって頂きます。 とことん付き合います。

言語は文化・知識の媒体

─講師の「引き出し」が知的好奇心を喚起する─

 まず私の話をすれば,私は他国の人々の我々のとは違う文化と習慣をできるだけ学生に伝えようと50年間心がけてきた。私は38歳の時Cambridge Univ. Westminster CollegeにはじまりOxford Jesus College,Cambridge Summerville College,London University etc… と、毎年英国で1ヶ月(主婦として許されるギリギリの時間)サマー・コースに出席してきた。欧州や米国出身の学生(年齢70歳ちかい教授から20代の若者まで)が大半で日本人は少人数しかいない中、胃の痛くなるような日々を過ごしながら学生寮で暮らし、学生達の猛勉強・知識欲・エネルギーの凄さに圧倒されつつ私なりに文化を吸収したと思う。楽しいなどといえばウソになる。しかし今思い返すと本当に充実した日々であった。こうして拾い集めた文化的体験を学生たちに話す。「先生のレッスンは忘れても雑談はよく覚えているよ。面白かったもん」と何年か経って卒業生に言われた時は苦笑いしてしまった。でもこれもよかったのだと思う。言語は媒体であり、言語を超えた向こうにある文化・知識にこそ面白みがあろう。現在教えている教師たちもそれぞれ、医学・物理学から文学・英語以外の言語等々、理系・文系問わず様々な「引き出し」を持っている。そして学生に「なるほど」と思ってもらう為、常にアンテナを張り巡らせて情報を更新し、自分の脳内にあるすべてのものを今日も学生にぶつけている。

「雑談」を聴きに来てください。

肌と肌のあたたかみあるレッスン
しかし緊張度の高いレッスン

─人間のふれあいこそ最大の果実を生む─

 体温の伝わらないレッスンはダメだと思う。レッスン後スタッフルームで若い教師達が話題にするのは、いつも自分の受け持つ学生についてである。皆自分のクラスの学生を驚くほど良く知っている。なんとも、うれしい姿である。人の心にふれることの少ない現在、学生と教師のふれあいが極めて大きな価値を生み、学生にやる気を起こさせると信じる。生の人間と人間が向き合って緊張度の高い時間を共有する。その場を提供することこそ、この塾の存在する一番の価値かもしれない。学生達に「先生好きだ。英語好きだ。」と言って貰えるのが我々の金メダルである。
いろいろ述べてきたが、英語教育と大学入試が大きく見直しをされつつある今だからこそ、若者たちには目先の変化に左右されない本物の英語の力を身につけてほしいというのが我々の願いである。

津田 鏡子